子どもを周りと比べてしまう。「できない」ばかりを見ていた私が気づいたこと

子どもが成長して、友だちとの関わりも増えてくると、ついつい周りの子と比べてしまうことってありますよね。

比べない方が良いとは分かっていても、どうしても我が子のできないところや周りとの違いに目がいってしまい、

「うちの子はこれでいいのかな」
「もしかして、できていないのかも」

そんなふうに不安になることもあるのではないでしょうか。

しかも最近では、子育てに関する情報があふれ、子育ての知識を得たり、他の家庭の様子を知ったりすることも増え、以前より比べるきっかけも増えたように思います。

私自身も、子どもが小さい頃は周りの子と比べては、「うちの子はなぜできないのか」と落胆ばかりでした。

ただ、子どもが大きくなるにつれ、私の言葉や態度も、子どもに影響しているのかもしれないと思うようになったのです。

今回は、周りの子と比べてばかりいた私が、どのように子どもの見方を変えていったのか。

そして、「この子はこの子でいい」と思えるようになったきっかけや、その過程についてお伝えします。

私も「できないところ」ばかり見ていた

子どもが4歳ぐらいになると幼稚園や保育園などでお友だちが増え、お友だちの名前もたくさんでてくるようになったり、一緒に遊んだりするようになりますよね。

お友だちが増えることは嬉しいことですが、だんだん周りの子との違いが気になりだす時期でもあります。

「あの子は足が速い」

「この子は字がかける」

「この子は説明が上手」

無意識のうちに自分の子と比べて「あれ、うちの子劣ってる?」なんて思ってしまうこともあったのではないでしょうか。

もちろん私も子どもが小さかった頃は、つい比べてしまい、その度に「なんでうちの子は・・・」と落胆ばかりでした。そうやって比べてしまう自分に、当時はあまり自覚がありませんでした。

特にうちの子は繊細だったこともあり、虫が触れず、お遊戯もやりたがらない。足の速さもいまいちで、負けず嫌いなところもありませんでした。私がイメージしていた好奇心旺盛で積極的な子どもから、かけ離れて見えていたのです。

でも当時の私は、「こういう子になってほしい」という自分の勝手なイメージから、

「なんで虫触れないの?」
「みんなと一緒にやってみたら?」
「もっと頑張って走ってみたら?」

そんな言葉を、何気なく子どもにかけていたのです。

ですが、声をかければかけるほど、子どもは嫌がり、ますますやろうとしませんでした。

そこで初めて、私が良かれと思ってかけていた言葉が、子どもにとっては「できないと言われている」と感じるものになっていたのかもしれないと思うようになりました。

私としては、「できるようになってほしい」「もっと楽しんでほしい」という気持ちから言っていたつもりでしたが、子どもからすると「自分はできないと思われている」と感じていたかもしれません。

そして、小学生になると、子ども自身も少しずつ周りと比べるようになります。その時に、親である私までできないところばかりを見ていたら、「自分はできない子なんだ」と思ってしまうのではないかと危機感を覚えたのです。

そうならないためにも、できないことを直そうとするのではなく、「できないこともあるけれど、あなたにはこんな良いところがある」と伝えていった方が良いのかもしれないと思ったのです。

子どもの良いところを見るために、私がしたこと

見方を変えようと思ってから、まず私が意識したことは、気になったことをすぐに言葉にしないことでした。

例えば、子どもの字を見て「もう少し丁寧に書けばいいのに」と思った時。

以前なら、

「もっと丁寧に書いたら?」
「とめ・はねは先生がチェックするところだよ」

と、できていない部分を口に出していました。

でも、そこは一度飲み込んで、その中から自分が好きだと思える部分を探すようにしました。

「この字の形、好きだな」
「この字のバランス、きれいだね」

そんなふうに、親である私が感じたことを伝えるようにしたのです。

とはいえ、最初からすぐに良いところを見つけて言葉にできたわけではありません。

否定的な言葉が出そうになった時は、

「ごめん、正直できないと思っていたけど、できていてびっくりした」

と、自分の気持ちをそのまま伝えることもありました。

大切なのは、周りの子と比べて「良いところ」を探すことではなく、この子を見て私がどう感じたのかを伝えることでした。

そして、そこからもう一歩進めて考えるようにしました。

ただ「できたこと」や「良いところ」を探すだけではなく、「なぜできたのだろう」「この行動の裏にはどんな力があるのだろう」と、その子の姿を深く見るようにしたのです。

例えば、計算問題を早く解けた時。

以前なら「計算が速い」とだけ見ていたのですが、よく考えてみると、早く解けるということは、それだけ集中していた証拠でもあります。

「この子には集中力があるのかも」と思ったら、今度はほかの場面でも、集中して取り組んでいることがないかを意識して見るようにしました。

すると、宿題だけでなく、好きなことをしている時や遊んでいる時にも、夢中になって取り組んでいる姿があることに気づきました。

それまでは「計算が速い」という一つの結果しか見ていなかったのに、そこから「集中して取り組める」という、この子の別の一面が見えてきたのです。

こんなふうに、一つの出来事をきっかけに「ほかにもこの子の良さが表れているところはないかな」と探してみる。

そうやって子どもを見ていくと、できたことの裏側にある、その子の持っている力にも少しずつ気づけるようになりました。

まずは「この字が好き」「ここがきれい」と、目の前にあるものからその子の良さを見つける。
そこからもう一歩進んで、「なぜできたんだろう」「ほかの場面でも同じことがあるかな」と考えていく。
私は、この2つを意識するようになりました。

見つけた良いところは、言葉にして伝えるようにした

子どもの良いところを見つけたら、言葉にして伝える。

これは、子育てをしていると一度は聞いたことがある方法だと思います。

私も、見つけたことはできるだけ言葉にするようにしました。

ただ、ここで私が意識したのは、「その場で伝えること」と「後から伝えること」を分けることでした。

例えば、きれいな字を書いていたら、

「きれいに書けたね」
「この字、ママは好きだな」

と、その時に伝えます。

一方で、そこから見つけた「この子にはこんな力がある」ということは、あえてその場では伝えません。

ご飯を食べている時や、子どもと何気ない話をしている時に、何かを思い出したように伝えるのです。

例えば、

「そういえば、少しずつゆっくり書いたから、あの時きれいに書けたんだね」

「できない、嫌だと思っているかもしれないけど、ママは実はできるタイプだと思うよ」

など。

その場で「すごいね」と言われると、どうしてもその出来事に対する反応として受け取ります。

でも、何気ない時に改めて言われると、「ママは普段から自分のことを見てくれているんだ」と感じられるのではないかと思ったからです。

言霊というほど大げさなものではないけれど、子どもにかける言葉は、少しずつその子の中に残っていくのではないかと思っています。

「あなたは集中して取り組めるよ」
「こういうところが○○くんの良いところだよ」

そんな言葉を繰り返し伝えていると、最初は本人が気づいていなかったことでも、「自分にはそういうところがあるのかも」と思えるようになるのではと思っています。

親が見つけたその子の良さを、今度は子ども自身が自分の中に見つけられるようにする。

私は、そんなことを意識して声をかけるようにしています。

子どもが自分を否定しそうな時に伝えたこと

子どもが小学校の中学年くらいになると、子ども自身も周りと自分を比べて、「自分はこれが苦手」「あの子のほうができる」と、自分のことを意識する場面も増えていきます。

そんな時、私が意識しているのは、その場で無理に前向きにさせようとしないことです。

例えば、運動会のかけっこで最下位になって、

「かけっこ、最下位だった……」

と子どもが落ち込んでいたとします。

以前の私は、「そんなことないよ、頑張ってたじゃん」と励まそうとしていました。

でも、本人が悔しいと思っている時に「頑張ったよ」「大丈夫だよ」と言われても、素直に受け止められないこともあります。むしろ、「今はそんなこと言ってほしくない」とイライラしてしまうこともあります。

だから今は、その場では、

「頑張ってたのに、残念だったね」
「悔しいよね」

と、まず気持ちをそのまま受け止めるようにし、その場ではそれ以上何も言わないようにしています。

では、そこで終わりなのかというと、そうではありません。

少し時間を置いて、別の日に子どもの良いところや、人には得意なことと苦手なことがあるということを、何気ない会話の中で話すようにしています。

例えば、

「○○(息子)って、計算が得意だね」

と、子どもの得意なところを伝えたり、

「○○くん(友達)は足が速いけど、○○(息子)はボール投げるのが上手だよね」

と、友達と比べるのではなく、それぞれの得意なことに目を向けたりします。

また、

「○○くん(友達)はサッカーが上手だから、何でもできると思っていたけど、苦手なこともあるんだね」

と、周りの子にも得意なことと苦手なことがあることを話したりします。

かけっこで最下位だった悔しさは、親が何を言ったからといって、すぐに消えるものではありません。

悔しい気持ちは、本人が自分で少しずつ消化していくしかないと思っています。

だからといって、その場で無理に「大丈夫」と励ます必要もないと思っています。

ただ、子どもがその出来事を思い出した時に、「自分は足が遅い」「自分は運動ができない」と、少しずつ別の形で自分を否定し始めることがあります。

そんな時に、「でも、○○は上手だよ」「人には得意なことと苦手なことがあるよ」と伝えています。

悔しかった気持ちそのものを消すのではなく、そこから生まれてくる自己否定を、ひとつずつ丁寧に摘み取っていくようにしています。

とはいえ、年齢が上がるにつれて、友達との比較も増え、「自分はできない」「あの子のほうがすごい」といった話を聞く機会も増えてきます。

正直、親としては、マイナスな言葉を聞き続けるのはしんどいものです。

「もういいから、そんなに気にしなくていいよ」
「いつまでも落ち込まないの」

と、励まして終わりにしたくなることもあります。

それでも、子どもが自分の気持ちを話してきた時は、まず聞く。

そして、別の日に、その子自身の良さを伝える。

この繰り返しを大切にしています。

誰かと比べて、できないことがあったとしても、それだけで「自分はできない子」ということにはなりません。

足が速いことが得意な子もいれば、別のことが得意な子もいる。自分には自分の得意なことがある。

そんなふうに、周りと比べて落ち込むことがあっても、「でも、自分にはこんなところがある」と思えるようになってほしい。

そのために、親である私が先にその子の良さを見つけて、何度でも言葉にして伝えていきたいと思っています。

まとめ

こうして子どものことをよく見るようになって、私が変わったのは、子ども自身ではなく、子どもを見る私の目だったのかもしれません。

以前なら「できていない」と思っていたことも、一度立ち止まってよく見てみると、その中に「この子らしさ」や、まだ自分でも気づいていない力が見えてくることがあります。

私が意識しているのは、

気になったことをすぐに口にしない

→ その中から、自分が「好きだな」と思えるところを探す

→ 見つけたら、その場ですぐに言葉にする

できたことだけで終わらせない

→ 「なぜできたんだろう?」と、その行動の奥にある力を考える

→ ほかの場面でも同じ力が表れていないか、よく見る

→ 見つけた力を、別のタイミングで言葉にして伝える

子どもが自分を否定した時は

→ まず気持ちを受け止める

→ その場で無理に励まさない

→ 少し時間を置いて、その子の良さや得意なことを伝える

こうしたことを繰り返していると、子どもを見る時に「できる・できない」だけではなく、「この子にはどんな良さがあるんだろう」と考えることが、少しずつ自然になってきました。それが結果的に、子どもの自己肯定感につながっていくのかもしれません。

これからも、子どもの中にある「まだ見えていない良さ」を、見つけていきたいと思います。




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